メモ書き
先週の土曜日にぽっどきゃすてぃんぐ落語を聴きに行った。若手の落語家さんのせいか、聴きやすい落語を選んでくれているのか落語だけに力を入れずに楽に聞くことができた(くどい言い回しだ)
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ETさんの朝今昔物語【LINK】は更新の度に毎回写真が掲載されています。最新はキャビの肉球。
その朝今昔物語の7回前の更新、9月3日付けの更新に赤ちゃんの写真が載っています。友達が産んだ赤ちゃんらしいです。その赤ちゃんの写真、実は補正をしています。
元々は大事な部分が天に向かって通天閣のように燐とし輝いていましたが、
「これはちょっと直接過ぎる。この赤ちゃんが大きくなった時かわいそう。でも写真を載せたい。」
そこで僕が写真の補正を頼まれました。この写真の赤ちゃんが大きくなってもまだ変わらず朝今昔をやっているのかという思いもありました。
当初は大事な部分を象印ヒントでピントのようにモザイク処理をしていましたが、
「強調して見える。」
ということで、
「違和感のないようにちんちん消して」
せっせと消しゴムツールで消しました。
自分で言うのもなんですが違和感なく出来上がったと思います。まるで女の子のようです。
しかし最近のテレビは小さい子のおちんちんでもモザイクや絵で物を隠したりしているのですね〜。
隠せば隠すほど気になってしまうので、この際、僕が補正したようにちんちんを消してしまうというのもありかも知れません。
でなければ、テレビに全裸で出る男の人に「股に挟んでください。お願いします。」と頼むことなどなど。
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カーズという車の映画がありますが、フロントガラスが目なんですね。僕はライト(前照灯)が目だと思うんです。ETさんの会社はおもちゃを作っているんですが、車の目はライトだと言っていました。
きっとカーズの映画を作った時も目をライトにしたバージョンもあったと思うんです。だけど自分で絵を描いて分かりました。
目をライトにすると間の抜けた顔になりますね。絵がヘタなだけという話もあります。
そもそも車に目があること事態がおかしいのですけど。おかしいのならホイールが目でもいいのでは。目が回るからダメか。
最近雨が続きます。雨音を聞いていると人間哲学的になるのか人生について考えます。お久しぶりです。あまりにも久しぶりに更新をしようと思い立ちました。いや、常に更新しようという気持ちはあるのですが、気持ちだけではどうにもなりません。しかし気持ちがなければ始まりません。毛もなければなりません。
寄る年波に勝てず最近、毛が薄くなってきたのですが、実家に帰ったらおばあちゃんに「もうちょい毛を伸ばしたらいい」と言われました。
僕は今、丸刈りなのですが、「もうちょい毛を伸ばしたらいい」というのはハゲが隠れるからという意味らしいのです。
僕は弱点を隠すほど格好悪いと思うのですが、これは弱点なのかと今思いました。
おばあちゃんは29歳の孫の僕に向かって続けて言いました。「いつまでもかわいい孫でいて欲しいから。」
毛がなくなるというのは孫からの脱却、いや脱会?ということなのでしょうか?大人気ないというのは本当は大人毛ないということでしょうか?
突然、おばあちゃんは頭を下げました。謝るのかなの思いきや、「私も頭のてっぺんに髪の毛がない」
なぜおばあちゃんの頭のてっぺんの毛が薄くなったのかといえば、僕が小さい頃におばあちゃんの白髪を一本10円で抜いていました。
今日は100本抜いたから千円。
子供ですから、「二本抜き!」と言って荒稼ぎしていたのです。しかし子供ですから黒い毛も抜いてしまうんです。
「あ、おばあちゃんごめん。」
毎日のように白髪と同じ量の黒髪を抜いていました。
「で、おばあちゃんハゲたんじゃない?」
愛犬のキャビは3ヶ月前に手術をしたのですが、手術痕はまだ毛が薄くしか生えていません。
おばあちゃんが、「少しでも早く生えるように内緒で肉あげているんだ。」
肉を食べて生えるなら僕ももっと肉を食べようかと思いました。
毛を抜いたり時には増やしてみたりそれが人生なのかも知れません。そう、僕も抜かれてそして生やして。でも増やそうと思った時に増えないのが人生。