目が見えない安田さんと出会ったのは、7年前の秋の競馬場でした。目が見えない上に、もう70歳は過ぎているので、後ろから背中を一押しすると、天国へ飛んでいってしまいそうなんです。
安田さんとの出会いは突然でした。
「あんちゃん。幾つだ?」と競馬場でいきなり声をかけられ
「24歳です。」
実際の僕は18歳。一見して目が見えないのが分かったので。
「嘘やろ。目が見えないと思ってバカにしたらいけねぇ〜な。若い気持ちが出てる。」
「えへへへへ。18歳です。しかしなんですか若い気持ちって。」
「それが分かるのは、目が見えないやつの特権だ。しかし若いのに〜。今から競馬なんてしていたらろくな大人にならないぞ。」
なんてこと毎回毎回言われるんですが、なぜか、ぜんぜん頭にきません。とにかく目も悪いんですが口も悪いんです。なんてこと言うと問題かな?
毎週、日曜日になると安田さんと競馬場で会いました。別に待ち合わせなどしていないんですが、毎週日曜日になると同じ時間にその場所にいるからです。
「あの馬よくみえるな〜。」
「安田さん。また冗談を。見えないじゃないですか。」
「馬が見えたって当らないんだから見えなくても同じだ。でもオレには見えるんだ。」
「何が見えるんですか?」
「いや、何も見えないけどな。見えるっていうと格好いいだろ?」
なんて会話を結構楽しんでいました。
毎週日曜日に安田さんに会うのが楽しみになりました。競馬場に競馬をやりにいくのも楽しみなんですが、安田さんとの会話も楽しみ。血統について話したり。政治について話したりもしたな〜。
でも時々安田さんが来ないんです。別に会う約束をしていた訳じゃないですが、すごい心配になって。もう高齢だから、死んじゃったかな?なんて思ったり。
で翌週元気に「あんちゃん!先週はどうだった?儲かったか?」
なんて元気な声が聞えると、なんとなくホッとしたりして。それに嬉しかったものです。
でもそんな安田さんを5年ほど前から一度も見かけなくなりました。いつか来るだろういつか来るだろうなんて、思って忠犬ハチ公のように、日曜になると安田さんと出会った場所を通るんですが…。
死んじゃったかな?なんて。2年も毎週会っていたのに、名前以外に安田さんのことは何にも知らないんです。分からない。聞こうと思わなかったし、僕のことも安田さんは聞いてこなかった。
でもまだどこかで安田さんが生きているんじゃないか?なんて思って、だから毎週休まず競馬場に行って…というのは嘘ですけど。またいつか会えればいいな〜と思います。
でも僕がちょと有名になって。競馬の必勝本かなんかの本を出せれば、どこかで安田さん見てくれるかな〜。そこで安田さんのこと書いたり。僕は元気ですよ!なんて伝えたい。
「あんちゃん。目が見えないと思ってバカにすんなよ」
なんてこと言っているな〜これ見てれば。っていっても目が見えないけど。元気かな〜安田さん。もうねぇ〜。あの頃走っていた馬の子供が走っているんですよ。そろそろ競馬場に見に来たらどうですか?
オレずっと競馬場にいますよ。どうしようもない野郎です。人間のクズかな?だけどそのうち忠犬ハチ公みたいに、競馬場に僕の銅像がたちますから、その時は、しょんべんでもかけてください。