2002/10/25 目が見えないなら。

目が見えない安田さんと出会ったのは、7年前の秋の競馬場でした。目が見えない上に、もう70歳は過ぎているので、後ろから背中を一押しすると、天国へ飛んでいってしまいそうなんです。

安田さんとの出会いは突然でした。

「あんちゃん。幾つだ?」と競馬場でいきなり声をかけられ

「24歳です。」

実際の僕は18歳。一見して目が見えないのが分かったので。

「嘘やろ。目が見えないと思ってバカにしたらいけねぇ〜な。若い気持ちが出てる。」

「えへへへへ。18歳です。しかしなんですか若い気持ちって。」

「それが分かるのは、目が見えないやつの特権だ。しかし若いのに〜。今から競馬なんてしていたらろくな大人にならないぞ。」


なんてこと毎回毎回言われるんですが、なぜか、ぜんぜん頭にきません。とにかく目も悪いんですが口も悪いんです。なんてこと言うと問題かな?


毎週、日曜日になると安田さんと競馬場で会いました。別に待ち合わせなどしていないんですが、毎週日曜日になると同じ時間にその場所にいるからです。

「あの馬よくみえるな〜。」

「安田さん。また冗談を。見えないじゃないですか。」

「馬が見えたって当らないんだから見えなくても同じだ。でもオレには見えるんだ。」

「何が見えるんですか?」

「いや、何も見えないけどな。見えるっていうと格好いいだろ?」


なんて会話を結構楽しんでいました。


毎週日曜日に安田さんに会うのが楽しみになりました。競馬場に競馬をやりにいくのも楽しみなんですが、安田さんとの会話も楽しみ。血統について話したり。政治について話したりもしたな〜。

でも時々安田さんが来ないんです。別に会う約束をしていた訳じゃないですが、すごい心配になって。もう高齢だから、死んじゃったかな?なんて思ったり。


で翌週元気に「あんちゃん!先週はどうだった?儲かったか?」


なんて元気な声が聞えると、なんとなくホッとしたりして。それに嬉しかったものです。


でもそんな安田さんを5年ほど前から一度も見かけなくなりました。いつか来るだろういつか来るだろうなんて、思って忠犬ハチ公のように、日曜になると安田さんと出会った場所を通るんですが…。


死んじゃったかな?なんて。2年も毎週会っていたのに、名前以外に安田さんのことは何にも知らないんです。分からない。聞こうと思わなかったし、僕のことも安田さんは聞いてこなかった。

でもまだどこかで安田さんが生きているんじゃないか?なんて思って、だから毎週休まず競馬場に行って…というのは嘘ですけど。またいつか会えればいいな〜と思います。


でも僕がちょと有名になって。競馬の必勝本かなんかの本を出せれば、どこかで安田さん見てくれるかな〜。そこで安田さんのこと書いたり。僕は元気ですよ!なんて伝えたい。


「あんちゃん。目が見えないと思ってバカにすんなよ」


なんてこと言っているな〜これ見てれば。っていっても目が見えないけど。元気かな〜安田さん。もうねぇ〜。あの頃走っていた馬の子供が走っているんですよ。そろそろ競馬場に見に来たらどうですか?


オレずっと競馬場にいますよ。どうしようもない野郎です。人間のクズかな?だけどそのうち忠犬ハチ公みたいに、競馬場に僕の銅像がたちますから、その時は、しょんべんでもかけてください。

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