「まっちゃんだろ?痩せたから一瞬分からなかったぞ!」
振り返るとそこに恐い顔のにいちゃんが立っていた。こんな恐い顔のヤツはあまりいない。知らないよと思いたかったが、なんとなく見覚えがある。懐かしい顔だ。
「おいおい。オカだよ!オカ!忘れたんか?ぶっ殺すぞ!」
「あ!オカか?おめえぇ〜かぁ〜?」
オカヤマっていうヤツとは同じ小学校に通っていた。喧嘩がめっぽう強くて悪いやつだったけど、絶対に弱いもの虐めはしなかったのは僕は知っていたし、顔は恐いけど竹内力みたいなんだよね。だからみんなにもてた。
「オカとどっちが喧嘩強い?」なんてよく周りから聞かれた。
僕は体が大きくて小学校5年で150cm65キロもあった。実際は喧嘩なんて殆どしたことがなかったけど、学校の相撲大会や腕相撲大会では一度も負けたことがなかったから、喧嘩が強いって言われていた。
隣の小学校が攻めてくると、まっちゃん頼むと言われて恨みもないやつと喧嘩をした。
「オレとまっちゃんどっちが喧嘩強いとか昔いわれてたよな〜!」
オカとは一度も喧嘩をしたことがない。というかあまり喋ったことがなかった。
オカには母親がいなかった。なぜいないのか僕は知らない。
アニキとお姉ちゃんがいてアニキがヤクザだった。そういうのもあって学校でも何だか先生から冷たくされてるように感じたし、「オカヤマ君と遊ばないように。」という話しを大人達から何度も聞いた。
小学校の頃、よく一人で壁当てをしているオカを見かけた。その野球ボールにはなぜか釘が何本も刺さっていた。人気者で友達がいなかった訳ではなかったが、ふと見るとヤツはいつも一人だった。
「オカんちってこの近く?」「おお!」
毎回同じ会話をした。そして毎回これしか話さなかった。
中学になってからオカは隣町の中学校に転校していってしまった。その後も噂は耳に入ってきた。先生を殴って新聞に載ったこともあった。そして少年院に入った。そこまでは知っていた。
「オカ、お前ヤクザになったって聞いたけど?」
「おお!ヤクザやってたんけど。今は寿司屋になったんよ。子供できてな。いつまでもバカやってらんねぇ〜し。半端もんじゃ〜いられねぇ〜しな。だけど寿司屋に人が来ないのよ〜。顔が恐いせいかな?」
「オカ、お前ジョークも言えるようになったのか。」
「まっちゃんは相変わらず口が悪いよな。寿司食いに来てくれよ。顔は恐いけど腕はいいんだぜぇ。」
オカは恐い顔をほころばせた。壁当てをしている時に「オカんちってこの近く?」と話しかけた時に見せた笑顔と同じだった。
「うんじゃ〜またな!」15年ぶりの"またな!"だった。
背中を向けたオカを夕日が照らした。オカの背中が段々小さくなっていった。何だか僕の方が未だに半端もんでヤクザのような気がした。