くまさんの気持ち。
2003/2/20 くまさんの気持ち。

暇つぶしでおばあちゃんと久しぶりに長いこと話をした。おばあちゃんと話すときは昔話がほとんどだ。

「わたるが昔書いていた日記を見つけてなぁ〜。読んでるんよ〜。懐かしいな。」

僕は小学2年生から中学1年生の2学期まで毎日日記をつけていた。いや、つけさせられていた。そのつけた日記を宿題とは別に学校の先生に毎日見せていた。

なぜ僕が日記をつけ始めたのかというと小学校2年生の時に、

【熊はなぜハチミツを食べるのか書きなさい。】

そのような国語の問題があった。普通なら熊のことが書かれている文章を読み答えを抜き出して書けばいいのだが、「ハチミツは甘いから」

そう答えの欄に書いてしまった。その国語のテストを家に持って帰ったところおばあちゃんやおばさんにこっ酷く怒られた。「何をやってるのぉ〜!!」

それから国語力をつける目的で日記を毎日つけさせられた。

学校の先生にも毎日見せて点数をつけてもらった。朝のホームルームで提出をして帰りのホームルームで返してもらう。

今考えると日記に点数なんて変なこと。でもあの頃は点数が良くなるにつれ楽しくなっていった。

最初は「頑張りましょう」ばっかり。先生は本当に読んでいるの?面倒くさいから「頑張りましょう」ばっかり押しているんじゃないか?そう思ったこともあった。家のおばさんは教師だったので、作文の指導などをしてくれた。

おばさんは僕を「なんでこんなことしか書けないの?」そう怒った。僕は怒られるのが本当にイヤだったし「がんばりましょう」というハンコもいやだった。だけど書かないともっともっと怒られる。だから我慢して毎日書いた。

毎日、毎日書いて半年が経つ頃に僕の書いた日記をなぜかみんなが褒めてくれるようになった。学校の先生も「たいへんよくできました。」というハンコを押してくれるようになり、その横に先生が感想を書いてくれるようになった。「まつだくんの日記を読んで涙しました。」

学年が上がり先生が変わっても褒めてくれた。学校新聞などにも掲載してくれるようになった。他の学年の先生も「まつだの運動会の話いい話だな〜。」

だけど褒められると嬉しい気持ちは最初だけだった。いつのまにか日記をつけているんだという感覚がなくなっていた。

どう書けば喜んでもらえるんだろうか、どう書けば花丸がもらえるのか。そればっかりを考えて日記をつけていた。人の顔色ばかりを伺って日記をつけていた。

感動をしてもいないのに感動したなんてことも書いたし、みんなで頑張ったなんて気持ちがこれっぽっちも無いのに皆で頑張ったってそう日記に書くと先生やおばあちゃんや周りの人は褒めてくれたし喜んでくれた。そんな喜んだ顔を見るのが僕は嬉しかった。

僕は中学受験をした。オチタ。

ただ落ちてもどうってことはなかった。その頃なんだか家族の仲が悪かった。なんとなく学校の先生も不機嫌そうに見えた。周りのことが全部バカっぽく思えた。ピアスを開け髪を逆立てて学校に行った。

何だかもう日記はつけたくなくなった。

僕は嘘を書いていたんだ。褒めてくれなくてもいい、ヘタクソでもいいから本当のことが書きたくなった。

クマさんの気持ちになってごらん。クマさんは「ハチミツが甘いから」食べたんだ。たぶんそうだよ。ハチミツが辛い訳はない。でも本当は書けない。怒られるから。怖いから。もう二度と書けない。

だからもう本当はやめた。

あれから15年経つ。

「もう残っていないのかと思った。」

「カワイイ孫の日記だからちゃんと取ってあるんだよ〜。」

ふと、開いたかわいいかったであろう孫の日記は中学1年生の時の4月に書いたもの。

【桜の花が散ってしまった。あんなに綺麗だったのに、散って地面に落ちた桜の花びらはゴミのようだ。もう見向きもされない。あの桜の花びらはどこへ行くんだろう。】

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