偶然が重なるとそれは偶然ではなくなるのか。
2003/4/29 偶然が重なるとそれは偶然ではなくなるのか。

毎朝同じ時間に自転車をこいで通勤をしていたら、偶然にもほぼ毎日同じ場所で同じ人とすれ違う。いやこれは偶然とは言わないのかも知れない。

18歳の時、僕は横浜にある定時制高校に電車で通っていた。

学校にも慣れ始めた4月下旬、4つ先の駅で一人の女性が電車に乗ってきた。髪は今時珍しい黒髪。それが彼女の涼しげな切れ長の目にマッチしていた。

彼女は横浜の駅で降りた。僕はそこから学校のある石川町まで3駅乗る。学校についてからも、どうやってデートに誘おうとか彼女のことを考えて頭がいっぱいになった。

だけど彼女とはなんの接点もなかった。ただたんに同じ電車に乗車しただけ。よくある一瞬の恋。僕は気が多いのかよくこんなことがあるんだ。そう思って忘れた。

でもどこかで忘れきれなかった。もしかしたら会えるかもと思い、昨日と同じ時間の電車に乗って学校に行くことにした。

昨日彼女が乗ってきた駅。開くドアをずっと見ていた。

彼女が電車に乗ってきた。

次の日もその次の日も彼女は電車に乗ってきた。

彼女は席に座りいつも本を読んでいた。僕も彼女と対面の席に座りいつも本を読んではいたが、僕の場合は本を読むふりをして、彼女を見ることが目的の読書。たまに目が合うこともあった。

学校に行くのが楽しくなった。電車に乗るのが楽しくなった。彼女に声をかけたいと思ったがなんの接点もなかった。それでもいいと。すぐ忘れるだろう。誰も知らない片想い。日にちが経てば自分でも忘れる片想い。

日曜日の夕方。横浜の桜木町にある喫茶店で本を読んでいたら、

「お水の方お入れしますね。」

僕は本から目線を上げて、ウェートレスの顔を見たら偶然にも電車の中で毎日会っている、いや会っているわけではない、すれ違っている彼女だった。

一瞬この子と結婚するかも知れない。そんなことを思ったりした。偶然というか運命だと思ったが、でもすぐ冷静になり向こうは僕のことなんて知らないだろ…

「あの?いつも4時半頃の電車で本を読んで…。あの、ま、間違えだったら…。ごめんなさい。いきなり変ですよね。」

彼女がそう声をかけてきた。ウソだ?ウソだろ?夢だろ?僕は自分の置かれている状況が一瞬把握できなかった。

「あ、はい。いつも四時半です。四時半ですよ。」

「いつも同じ場所に座って真剣に本を読んでいるんで…。何の本を読んでいるんだろうって気になって…。」

「あ、あ、そうなんっすか。ごめんなさい。」

なぜか分からないが謝ってしまった。

翌日から電車で会う彼女と話すようになった。彼女は大学からの帰り。いつのまにか同じ時間の電車に乗って帰るようになったと話していた。

「僕もそうなんすっよぉ!同じ電車に乗りますよね!」

嘘をついた。同じ時間の電車に乗るのは君に会いたいから。でもそんなこと言ったらちょっと変態だし言えない。

約束した訳じゃないのに彼女はほぼ毎日同じ電車に乗ってきた。たまに乗ってこない時もあった。病気なんだろうかなどと無用な心配をしたり。それが楽しかった。

彼女とは長津田から横浜までの間いろいろ話をした。平日はほぼ毎日話をした。

どんな本が好きだとか。彼女とはまったく好きな本のジャンルが違っていたが、それでも彼女は僕の話しを真摯な姿勢で聞いてくれた。

映画を見に行こうという約束をした。横浜の関内にある古い映画館で「スピード」という映画を一緒に見て食事をした。その後、2度ほどデートをした。

彼女と偶然同じ電車に乗って1年が経った。

僕はなぜか同じ電車に乗らなくなったし、学校にも行かなくなった。別に何が変わったという訳じゃない。そして彼女と会うこともなくなった。

考えてみれば、彼女の名前も知らない。デートまでしたのに聞くタイミングを逃して聞かずじまい。住んでいる場所はだいたい分かるが、連絡先は分からない。なんだか聞いてはいけないような気がした。勇気がなかった。

そして自ら彼女との唯一の接点を切ってしまった。

なぜ自分でも同じ電車に乗らなくなったのか分からない。ほぼ毎日彼女と楽しく話していたが…。

午後4時10分に家を出て17分の横浜線大船行きの電車に乗る。午後4時29分4つ先の駅、長津田で彼女が乗ってくる。

それだけが彼女との接点だった。

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