アホ。
2003/6/2 アホ。

母が、

「アホの細田くんっていたでしょ?」

アホの細田くん?思い出すまでに一瞬の時間がかかったが確かに小学生の頃アホの細田くんはいた。アホの細田くんは、僕らよりも3つ上の先輩。

みんなにアホ、アホ言われていたからいつのまにかアホの細田くんというあだ名になっていた。

先輩なのに誰からも尊敬されないアホの細田くん。同級生には、「細田本当にアホだな〜。」下級生には、「アホの細田せんぱ〜い。」などと言われていた。

どこがどうアホなのかそれは分からない。たしかに勉強はできなさそう。ただなんとなく間の抜けた顔をしていたというだけでアホになった。

小学生の頃はトイレでうんこをしているのを見つかっただけでうんこマンになってしまう。

もし細田くんがトイレでうんこをしているのが見つかったら、母が、「うんこ細田くんっていたでしょ?」になっていたと思う。


なぜかアホアホ言っているのに虐めという感じがしなかった。アホの細田くんも、「ほんとアホだな〜。」と言われてもニコニコしているだけで怒らない。

そのニコニコした表情を見てみんな繰り返しアホアホ言っていた。


そんなアホの細田くんが小学校6年生の時に大学生なども一緒に混じって走る10キロの持久走大会というのに出た。

「アホ頑張れよ!まあビリだろうけどな。アホだから。」

みんなそう予想してそうはやし立てた。

しかしその予想を裏切りなんとゴールの会場に一番に戻ってきたのはアホの細田くんだった。

みんな目を疑った。「マジかよ。」

一人の大人が、「コースを間違えたんじゃないのか?」

ゴールの会場から笑い声がした。

折り返し地点で通過した証にカードを貰う。審判員のおじちゃんがアホの細田くんに、

「カードを持ってる?」

アホの細田くんは"やっぱり"カードを持っていなかったために失格になってしまった。

「コースを間違えたんだろ!やっぱりアホだよ!」

そう言われたアホの細田くんは"やっぱり"にこにこしていた。


その3分後ゴールに本物の1着の大学生が入ってきた。その大学生がアホの細田くんに、

「君早いね〜。」

「どうもありがとー。」

審判員のおじちゃんが大学生に、

「え!この子は折り返し地点の切符を持っていなかったんですよ。」

大学生が、「いや。ちゃんと貰っていましたよ。その地点まで僕とほとんど一緒に走っていましたから。そのあとどんどん離されちゃって。小学生に…。」

アホの細田くんは優勝した。

「アホだから疲れたのが分からないんじゃない?」「疲れることを忘れちゃったんだよ。」「アホだから切符落としたんだって。」「やっぱりアホだ。」

その持久走大会で初めて小学生が優勝をした。その後はずっと大学生が優勝をしている。


アホの細田くんの家は僕の家の近くだった。僕が駐車場で一人壁に向かってボールを投げていると、アホの細田くんがジョギングをして「やあやあ。」と言って通り過ぎて行く。

ずっと「やあやあ」言っている。

次に通り過ぎて行くときは「ほお〜。」ずっと「ほお〜ほお〜」と言って走っていく。

その次は「うほうほ」ずっと「うほうほ」言って走っていく。

その次は…。

毎日5時の鐘がなるまで何周もジョギングをしていた。何十週も「うほうほ」言いながらジョギングしている細田くんを見た僕は本当にアホじゃないかと思った。

一度「アホって言われて平気なの?」と聞いてみた。

「みんな悪気があって言っている訳じゃないからね。」

ニコニコしてそう応えた。僕まで優しくなれる笑顔だった。

そんなことを知っていたせいか、持久走大会で優勝したアホの細田くんを見て自分のことのように嬉しかった。

母が、

「アホの細田くんっていたでしょ?今大学の助教授になっているんだって。なにか難しい研究をしているそうよ。」

国立の大学の助教授になってしまったらしい。なってしまった。先生でアホってことはないと思うけど親までアホの細田くんで覚えている。

うほうほ言いながらジョギングをしている彼を思い出した。彼が本気でアホになれば誰もかなわないような気がした。

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