本屋のレジで会計をしていると、「ちょっと、ちょっと」とレジのおばちゃんに声をかけられた。
万引きをした訳でもない。声を掛けられるようなことをした憶えがない。おばちゃんの顔を見た。「わたるくんでしょ?先生。小俣先生。小学校の時の・・・・。」
僕の全身に懐かしさが電流のように広がった。丸顔で笑うとその丸顔の眉間にシワが寄って忍者ハットリ君に出てくる犬のシシ丸に似ているので「シシ丸!シシ丸!」と小学2年生の時に言っていた。
「あ、シシ丸先生!」
僕は思わずそう言ってしまった。先生は苦笑いして「そうそう。シシ丸先生よ。」声色なんて覚えている訳無いのにあの頃と声が変っていないと思った。
「懐かしいわ。わたる君、変っていないからすぐ分かったわ。」
「そうですか。先生もすぐ分かりましたよ。」
「あら、そう?シシ丸に似ているせいじゃない?」
「先生はここで働いているんですか?」
「うん。そうなのよ〜。」
そんな会話をしていたら「あの〜。会計をしたいんですけど…」と僕の後ろに並んでいる女の人に言われた。
「それじゃ!先生。」と立ち去ろうとしたら、「わたる君、買った本忘れている。そういうところ変ってないね〜。」「そうだ。急いでいないのなら、もうすぐ休憩になるから、そこのドートルでちょっと懐かしい話ししましょうよ。」
僕がドトールでカフェラテを飲んでいたら先生が来た。幼稚園の先生をしている時にはふっくらしていたと思う。本屋で話している時には気づかなかったけど、だいぶ痩せたな〜と思ったし、たしか47歳ぐらいだと思ったけど所々にある白髪が目立つせいか年齢よりも老けて見えた。
先生と昔話をした。20年前のこととはいえ結構憶えているものだ。
「そういえば先生。子供が産まれるとかで小学校を辞めたんですよね?皆戻ってくるかな〜とか言っていましたよ。」
「男だったんですか?女だったんですか?もうだいぶ大きいでしょうね〜。20歳ぐらいになりますよね?」
愛嬌のある先生の丸顔から愛嬌が一瞬消えた。聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った。
「そうよ。もう20歳になるはずだったのよ…」
”はず”だったとはどういうことか?怪訝な顔をしていたら、先生が会話を続けた。
「そうはずだったのだけど…死んじゃったのよね。」
死んじゃったという言葉を先生は笑顔に輪をかけたような笑顔で言ったがそれが逆に心に沁みた。
「産まれた頃から病気の子だったの。10歳の時にね。死んじゃったのよ。」
親身そうな顔をするのが精一杯で気の利いた言葉が出てこない自分を恨んだ。
先生は「ごめんね。」そう言った。しかし先生の視線は僕を見ていなかった。
「ごめんね。そうか。今、元気だったら20歳よ。そう丁度ね。」
そう丁度ね。と言った後、先生は僕に視線を戻し、
「でも先生にはかわいい生徒がいっぱいいたから大丈夫よ!」
明るく話そうとしている先生をみるほど悲しくなる。先生の実年齢よりも老けて見える顔からその苦労がわかるようだった。会わなければ良かった用事がありますと帰れば良かったなと後悔した。
「先生はまた先生をやらないんですか?きっと先生なら今の荒んだ教育を変えることができますよ。」
冗談半分でそう言った。シシ丸先生が、
「お世辞を言える生徒を持っただけで満足よ。」
先生はあの日で止まっているんだろう。神様がそうしたんだろう。そう思って先生とさよならした。