オヤジとオヤジの母親、おばあちゃんはよく喧嘩をするんです。
78歳のおばあちゃんが、57歳の息子に向かって、「お前なんて産むんじゃなかったよ。昔はこんな子じゃなかったのにどうしてなんだい!」
その息子57歳は、「好きで産まれたんじゃない!」
などと喧嘩をした翌日には、もう普通に話しているんだから、周りの僕らにはよく分かりません。オヤジもおばあちゃんも、いっぱしの教育は受けていると思うんですけどね?
オヤジは仕事場でも、はっきり言うらしく、会社の人は僕に向かって「こんなはっきり物事を言うお父さんで大変でしょ?俺も言われるんだよ。」と。
たしかに大変ですけどね。ただ不思議と恨んだりクヨクヨしたことはありません。
まあ、おばあちゃんもそうですが、嫌いは嫌い好きは好きではっきりしていて。
褒める時はもう気持ち悪いぐらいに、ひっくり返るほど相手を賛美するのです。その褒めるのも大き過ぎてイヤなんですけどね。ディズニーランド貸しきるぐらいの勢いなんで。
このオヤジとおばあちゃんの喧嘩が10年ほど前にすごいことになり。裁判になったことがあって。おばあちゃんがオヤジを裁判所に訴えたんです。訴えられると、届が着て半ば強制的に裁判所まで行って話を聞かなければいけないのです。
僕も付き添いでいったのですが。弁護士みたいな人が、
「案外、お父さん普通の方なんですね〜。もっとヒドイ方かと…?おかしいな?」
と父のこと評していました。おばあちゃんは、訴えた時、弁護士にとんでもないことを言ったらしいのです。僕はその喧嘩を最初から聞いているのですが、何が原因か分からなくって。「オタンコナス!!」とかそういう罵倒から始まったもので。
オタンコナスから裁判へ。
今はオヤジとおばあちゃんは気持ち悪いほどに仲が良く。あの裁判のことを二人で「そんなことあったね〜!」と笑って話していて。周りにしてみたら、あれはなんだったの?ってな感じで。
喧嘩をしても。はっきり言いたいことを言うんで。その後、後腐れがなく。喧嘩を好きでする人はいないと思うんですが、もし喧嘩になりそうだったらしてみると良いと思うんです。まあ家の家族は極端ですけどね。
好きなら好き、嫌いなら嫌い。どこが好きでどこが嫌いってね。黙ってしまうのは黙るほうも辛いと思うし、お互いを余計に傷つけてしまうと。
ウジウジしていても絶対に進まないし、後々になって後悔すると。しかし喧嘩にも最低限のルールがあって。手をあげたり。それはいけません。それは最低。
喧嘩で言ったことなんて口から出任せです。ただそれによって傷ついても、それは喧嘩ですから。
傷つくことも、良いと思いますし。それで仲直りとかできなく、シコリが残るのならば、喧嘩が中途半端だと。例え仲直りできなくてもさっぱりするのです。気持ち良く話すってこと大事だと思うんです。
ただね。あまりはっきり物事を言うのもな〜って。家族で寿司屋に食べに言って。
「不味いですね〜!」
と言って、板前さんと喧嘩するのは辞めて下さい。もう親戚とかで行くとみんな揃って「不味いですね〜!!」大合唱。ハモリも入るぐらい。
僕はその辺りはまだ人間ができていて?「不味い」なんて、言わないんですけどね。言えないが正しいんですけど…。というか、かなり不味いと思ったけど、僕もうお腹一杯食べちゃってるし。