人間は老いには勝てず老いるものである。
これは今から20年後に有名になるであろう僕が言った言葉です。
そして現在26歳の僕も老いを感じるときがある。何を言っているんだと、ご年配の方にお叱りを受けるかも知れない。でも感じるものは感じるんです。
肉体的に感じるときは、階段の上りよりも下りっているときに老いを感じる。下りの方がきつい。ただその肉体的に老いを感じるという根本は、精神面からきていると思う。
ご年配の方はご存知だと思いますが、肉体が衰えても、しっかりとした気持ちを持ち日常を過していれば、老いなんて感じない。
こういう方を一般では、はた迷惑な老人と呼んでいるようです。
精神面の老いでも種類があると思う。
中年のおじさんは、恐ろしいほど面白くないギャグを言う。これは、脳細胞が衰え、何が流行っているのか、どういう雰囲気なのかなどの周りの状況をまったくもって把握できず、ギャグをいうためである。
これも老いであろう。これらを踏まえて図々しくなるのも老いの一種だと思う。
若老人(わかろうじん)が増えたのは、精神面が軟弱で周りの状況が把握できない自己中心的な若者が増えたからだと思う。
ちなみに若くして物故された若王子さんは水だけで、100日以上生き延びた。「生きるんだ。」という精神面がしっかりしていたからであろう。
若王子さんも、
「あの事件で、弱気になったら終わり、何ごとにも強気で当たらなければと確信するようになった」
と仰っていた。
本日僕は深い老いを感じた。
「ヒデキ還暦」
こんな面白いこと思い浮かべちゃった。どうしよう。「お熱いのがおすぎ」以来の究極のギャグだ。
今日、これを思い浮かべてはにやにやして、周りの人は気味が悪かっと思う。これは周りの状況が把握できないという老いの症状のひとつにあたる。
この「ヒデキ還暦」というフォアグラを使い日記を書こうと思ってずっと考えていた。
秀樹とは西城秀樹さんのことだが、彼もこのまま健康で60歳になれば還暦を迎えるはず。その日のスポーツ新聞は絶対に、「秀樹!かんれ〜き!」という見出しをつけるに1000ペソ。
とか話を膨らませてずっとずっとどう書こうか考えていた。
家に帰りパソコンの電源をいれいつものように日記をつけようと思った。いつも話の骨組みは決まっていて、書き出せば10分以内には出来あがる。今回も決まっていた。
そして上のような中途半端な日記ができあがった。最高に面白い日記が書ける"はず"だった。面白いと思いこんでいただけなんだと思う。
気がついたのは結果、僕はまだまだ若いということになる。
少年老いやすくギャグなりがたし。
またギャグを思いついた。天才かも知れない。